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2016年11月01日

がドアの前をぶらついてい

 ポルガラはいやに静かにドアをうしろ手にしめると、ゆっくりかれらのほうへ歩いてきた。大理石の床を踏む足音が不吉に大きくひびいた。ポルガラは舞踏室の両側でクッション避孕方法をはがれて並んでいる椅子をながめた。そして、羽毛だらけになっている少年たちをながめた。次の瞬間、いきなり彼女は笑いだした。豊かにひびく温かい声が、からっぽのホールをすみずみまで満たした。
 エランドはポルガラの反応に裏切られたような気分になった。ケヴァとふたりで叱られてもしかたのないことをやったのに、笑っているだけだなんて。叱責も耳の痛い小言もなく、あるのは笑い声ばかり。エランドはこの軽はずみな行為が場ちがいなものだったことを痛感した。本当なら怒るべきところをポルガラが笑いとばしているのもそのせいなのだ。エランドはちょっとうらめしくなった。無視されることも、叱責のひとつだった。
「ふたりとも、掃除はするんでしょうね?」ポルガラはたずねた。
「もちろんです。レディ?ポルガラ」ケヴァがすかさず断言した。「きれいにしようとしてたところですよ」
「けっこうだわ、殿下」口元をまだぴくぴくさせたまま、ポルガラは言った。「羽毛を一本でも残さないようにね」彼女はきびすをかえすと、かすかな笑いのこだまをひきずったまま無踏室から出ていった。
 そのあと、少年たちには厳重な監視役がついた。露骨に見張られている感じはなかったが、物事が手におえなくなりそうになると、かならずだれかが待ったをかけにくるのだった。
 一週間ほどすると、ふりつづいていた雨があがって、ぬかるんでいた通りもだいたいきれいになった。エランドとケヴァは絨緞敷きの部屋の床にすわって、積木で要塞をつくっていた。窓のそばのテーブルにはぜいたくな黒のビロードの服をきこなした見違えるようなシルクが腰をおろして、仕事のためにガール?オグ?ナドラクにとどまっていた相棒のヤーブレックからその朝とどいた手紙を注意深く読んでいた。九時ごろ、ひとりの召使いが部屋にはいってきて、ネズミ顔の小男と短い言葉をかわした。シルクはうなずいてたちあがると、遊んでいる少年たちに近づいた。「新鮮な空気を吸ってくるのはどうだい?」かれはたずねた。
「行きます」エランドは立ちあがった。
「きみはどうだい、いとこのケヴァ?」
「まいります、殿下」
 シルクは笑った。「そんなに堅苦しくしなくちゃならんのか、ケヴァ?」
「母上がいつもただしい言葉づかいをしたほうがいいと言うのです」ケヴァはきまじめに言った。「言い慣れていたほうが助けになるんじゃないでしょうか」
「母上はここにはいないんだぜ」シルクはずるがしこく言った。「だからちょっとぐらいずるをしたって大丈夫さ」
 ケヴァは神経質にあたりを見まわした。「ほんとうにそうしたほうがいいと思いますか?」
「まちがいない。ずるをするのはためになる。ものごとをバランスよく見るのに役立つんだ」
「おじうえはよくずるをするんですか?」
「おれかい?」シルクは笑った。「しょっちゅうさ、ケヴァ。しょっちゅうだ。さあ、マントをとってきて、街へ行ってみよう。諜報部の本部に寄らなくちゃならないんだ。一日きみたちのお守りをおおせつかったからには、きみたちふたりも行ったほうがいいだろう」
 外の空気はひんやりして湿気をふくみ、ボクトールの玉石敷きの通りを行くと、強い風がかれらのマントを脚にまつわりつかせた。ドラスニアの首都は世界の主要な商業中心地のひとつで、街はあらゆる人種の人々でこったがえしていた。ぜいたくなマント姿のトルネドラ人たちが、ひかえめな茶色の服をきたまじめな顔つきのセンダー人たちと街角でしゃべっていた。けばけばしい衣装に宝石をいっぱいつけたドラスニア人たちが革装束のナドラク人と押し問答していたし、商品の詰まった重い荷物をかついだタール人の人足をしたがえて、風の吹きすさぶ通りを闊歩している黒装束のマーゴ人たちさえ何人かいた。言うまでもなく、人足たちは、つねに存在する密偵たちによって慎重に尾行されていた。
「いとしの人目をしのぶボクトールよ」シルクがおおげさに言った。「他人を見たら密偵と思え、だ」
「このひとたちは密偵なの?」ケヴァがおどろいた顔で人々を見ながらたずねた。
「とうぜんだよ、殿下」シルクはまた笑った。「ドラスニアではだれもかれもが密偵なんだ――もしくは密偵になりたがってる。密偵がわれらの国家産業なんだ。知らなかったか?」
「あの――宮殿に密偵がたくさんいるのは知ってたけど、街にもいるなんて知らなかった」
「宮殿にどうして密偵がいるんだい?」エランドは好奇心からたずねた。
 ケヴァは肩をすくめた。「みんなが自分以外の人がなにをしてるか知りたがるんだよ。重要な人物であればあるだけ、おおぜいの密偵に見張られるんだ」
「きみは見張られてるの?」
「知ってるだけで六人がぼくを見張ってるよ。たぶんもうちょっといると思う――それにもちろん、密偵はみんな別の密偵によって密偵されているんだ」
「ずいぶん変わった宮殿だな」エランドはつぶやいた。
 ケヴァは笑った。「一度、ぼくが三つぐらいだったとき、階段の下に隠れ場を見つけて、そこで眠りこんじゃったんだ。とうとう宮殿じゅうの密偵がみんなでぼくをさがすはめになってさ、じっさいの数を知ったらきみはびっくりするよ」
 このとき、シルクがけたたましい笑い声をあげた。「あのときはじっさい大騒ぎだったよ、ケヴァ。王族というのは密偵から身を隠さないことになってるからね、密偵たちのうろたえようといったらなかった。あそこの建物だ」シルクはひっそりとしたわき道に建つ大きな石の倉庫を指さした。
「本部は学園と同じ建物の中にあるんだとずっと思ってた」ケヴァが言った。
「あっちは単なる隠れみのなんだよ、ケヴァ。実務はこっちでやるのさ」
 かれらは倉庫にはいり、箱や包みがうずたかくつまれた洞穴のような部屋をとおりぬけて、小さな目だたないドアにたどりついた。職人風のうわっぱりをきた屈強な体躯の男た。男はシルクにすばやい視線をなげると、一礼してドアをあけた。そのいささかみすぼらしいドアのむこうにあったのは、こうこうと照らされた大きな部屋で、壁ぎわに羊皮紙のちらばったテーブルが十二かそこら並んでいた。各テーブルには四、五人の人々がすわって、目の前の書類を熱心に読んでいた。
「なにをしてるんですか?」エランドは好奇心にかられてたずねた。
「情報を分類してるのさ」シルクが答えた。「世界ではさまざまなことが起きるが、最終的にはそのほとんどはここまで届かない。しかし本当に知りたければ、八方手をつくせば、アレンディアの王がけさ何を食べたかもわかる。われわれのめざす部屋はあっちだ」シルクは部屋のむこうがわにある頑丈そうなドアを示した。
 その部屋は質素で、殺風景ですらあった。テーブルがひとつと椅子が四つ――あるのはそれだけだった。黒ズボンに真珠色の上着をきた男が椅子のひとつにすわって、テーブルについていた。男は古い骨のようにやせこけていて、自国人しかいないこの建物の中にいてさえ、きつく巻かれたバネのようにぴりぴりしていた。「シルク」かれは短くうなずいた。
「ジャヴェリン。おれに用か?」  

Posted by きはらったようす at 12:45Comments(0)